外は寒くて、いつもの俺だったらドアを開けた瞬間に引き返しているところだろう。
でもなんでか今夜は一人になりたくて、冷たい風に当たりたくて外に出た。
たまにこんな日がある。
何もかも良く分からなくなって、一人になってぐるぐる考えて、気がついたら朝になっていたなんてこともあった。
まだまだ自分も若いかもしれないと思うが、嬉しくないのは若いのが年齢の話じゃないからだろう。
ふらふらと当ても無く歩いているとベンチがあったので座ってみた。
ベンチは冷たくて服を通しても俺の体のどの部分より冷たかった。
「青年や少女に夢遊病って言われちゃうかも」
呟いてあながち間違いではないと自分で思う。
空を見上げると満天の星が輝いていて、嫌になるわけでも嬉しくなるわけでもない俺は大きく深呼吸をした。
目を瞑ると、今までの事やこれからの事、仲間の事、大将の事―自分の心臓の事。
沢山の思いと考えとが頭を占領していった。
でも当の俺の感情はぽっかり穴が開いたように何も感じない。
ふと、あの子の顔が浮かんだ。
今は宿屋で寝ているであろう、俺の大切な子。
いつでも笑っていて俺の事を大好きだと、愛していると言うあの子。
あの子のことを考えると、少し俺の中の何かが満たされる。
歳なんか一回りも離れているというのに。
ふっと、自然に口角が上がった。
「―レイヴン?」
「・・・ちゃん?」
吃驚した。
今まで心の中にいた顔が後ろを振り返ると、カーデガンを羽織ってこちらを不思議そうにみているではないか。
一瞬幻覚かとも思ったが、どうやら違うようだ。
ちゃんはベンチまで寒そうに歩いてきて俺の隣にちょこんと座った。
「どうしたの?こんな夜中に」
「・・・んー?おっさんだってたまには物思いにふけたい時もあるのよ」
ちゃんこそこんな夜更けにどうしたの?
聞こうとしたけど、きっと気まぐれかなんかだろうと思いやめた。
そっかー。と言いながら俺に寄り添う姿は傍から見たら恋人同士のようだ。(いや実際その通りなんだけど)
上着の中に彼女を入れてやると、彼女は嬉しそうに入ってきた。
そんな姿に思わず顔が綻んでしまう。
隣では星が綺麗だねとか風邪引かないようにしなきゃねとか声が聞こえてくる。
「ちゃんはさ、おっさんが死んじゃったら、どうする?」
何か話題はないかと思って声をかけたら、自分でも思っていなかった言葉が出た。
いや本心では思っていたのかもしれないけれど、言おうとは思っていなかった。
夜中って怖い・・・思いながら、慌てて「もしね、もし!」と冗談めかして隣に笑いかける。
するとまたしても思いがけない事に、いつも通り笑ってくれると思っていたちゃんが、じっと俺のほうをみる。
「・・・真面目に答えてもいい?」
少し遠慮深そうに笑って聞いてきた。
少し戸惑ったが、いいよと答えてまたベンチに座りなおす。
「んーとね・・・」
沈黙の後、ちゃんがぽつりぽつりと話し始めた。
俺の魔導器の心臓は何故かどきどきしてうるさかった。
「すごく・・・泣くかな」
「・・・うん」
返ってきた言葉は普通だったけれど、俺の中心にぽとん、と落ちていく気がした。
「沢山泣いて、ご飯も食べないでずっと泣いて、皆に心配掛けると思う」
「それで、三日位したら涙が出なくなって、で、エステルにつれられてご飯食べに行く」
なんでか、ああ、そうだろうなと頭の中にその光景が浮かんだ。
皆が周りを取り囲んで一緒にご飯を食べて、彼女は無理して笑って料理を口に運ぶのだ。
「お墓参りは毎月行って、綺麗なお花も持っていく。皆でも行くし、一人でも行く」
「ずっと悲しい気持ちだってそのときは思うけど、レイヴンのためだって、皆がいるからって、頑張る」
彼女は気持ちを抑えるためか、大きく息を吸って吐き出した。
「でね、悲しい気持ちがだんだん薄れていって、いつか本当に笑顔になれる」
ぽとん、ぽとん、
ちゃんの言葉が静かに俺に落ちていく。
「私は、レイヴンが死んじゃっても、きっと、皆が居るから生きていく。皆が支えてくれるから、生きていける」
彼女の手が俺の手に触れた。
いつも彼女の手は暖かくて、安心する。
「でも・・・でも、ね・・・」
ぱたと彼女の頬から雫が落ちた。
俺は少し驚いて、彼女を見る。
まっすぐと夜空を見上げる瞳からは、雫が零れ頬を伝って行く。
綺麗だ、
月明かりに照らされた彼女は、消えてしまいそうで。
でも、俺の手を握って確かにここにいる。
その姿が、愛しく感じた。
「私は、レイヴンが居なくても、生きていくけど、っやっぱり、」
ぎゅうと彼女の手に力が入った。
俺も黙って彼女を見つめて握り返す。
「やっぱり、レイヴンが死んじゃうのは、いやだなぁ」
ぽろぽろと涙を流す彼女は、へらっと笑って「だから、いなくならないでね」と呟いた。
俺は一つ頷いてから、親指で彼女の涙を拭うとぎゅっと抱きしめた。
やばい、俺は、幸せ者かもしれない。
そう心の中で呟いてから、胸から溢れる気持ちを抑えて、彼女に触れるだけのキスをした。
キアーロ・ディ・ルナ
気付くと、心にからっぽなんてなくなっていた。