「…苦しい」




ちゃんがぽつりと呟いた。

「え?」

「胸のあたりが、苦しい」

「え!?どしたの!?」



ガタンと椅子から立ち上がって、座っている彼女の目の前に膝をつく。
表情を伺うと、確かに苦しそうに、眉をよせて口を一文字に結んでいる。
おでこに手を当てるが、特に熱はないみたいだ。

「胸以外には、どこか苦しい?病気なんかな…?」
「違う」
「そうなの?なんで苦しいか心当たりある?」
「……レイヴンのせいで苦しいの」
「へ?…おっさんのせい?」

ぽかんと口が空いてしまった。

苦しいのが俺のせいということは、病ではなく、気持ちの面で?
何かしただろうか。
彼女が俺のそばにいてくれるようになってから、清く正しく…とまではいかなくても、彼女を傷つけないように行動してきたつもりだし、女性関係には特に気をつけている。
慌てて考えを巡らすが、どうにも思いつかない。


「おっさん、何かした?」
「何にもしてない」

ふるふると、ちゃんは小さく首を振る。

何もしてないのに、俺のせい…?
ますます訳がわからない。
しかし、愛おしい彼女が苦しんでいる。どうにかしてやりたいたいが、何をしていいかわからない。

先程彼女の額を触った手で、今度は彼女の手を下からキュッと握る。
手触りが良いので、ついさわさわと親指を動かしてしまうのは許してほしい。
ちゃんは口をモゴモゴと動かして、何か言おうとしているので、彼女が話しはじめるまで少し待つことにした。


「レイヴンのこと、考えると苦しい」
「…それは、つまり、恋煩い?」
「………ん」
「え!?」

ほとんど冗談のつもりで結論づけたら、ちゃんがコクリと頷いたのでびっくりした。

恋煩い?恋人なのに?どゆこと?
頭にはてなマークを飛ばしていると、ちゃんは下を向いていた視線を右にずらして言葉を紡ぐ。

「レイヴンのこと、好きだなって、思うと胸が苦しくなる。好きって伝えあって、すぐ触れられる距離にいて、幸せで、これ以上、どうしたらいいかわからない。それがつらい」
「う、うん」

突然の愛の告白に、頬が緩んで変な顔になっただろう。
心臓魔導器がドキドキする。なんだ、その理由。可愛さしかないな。

「なんでレイヴンを好きなんだろう。ユーリの方が若くてイケメンだしセクシーなのに、フレンの方が出世頭だし浮気とかしなさそうなのに…」
「おーい、ちょっと…」
「なのに、レイヴンがかっこいいって思う。可愛いって思う。世界で1番好きって、思う」

比較対象の顔面レベル高すぎんのよ…と思いつつも、それでも俺のことを1番だという彼女に我慢ができなくなってきた。
覗き込んで顔を近づけると、俺より幾分小さな手で顔を包まれ止められる。

「まだ話してるのに」
「あの、もうおっさん、我慢できないんですけど…」

触れられて、顔が熱いのがバレただろうか。
唇が触れ合う10センチほどのところで、互いに視線を交わす。距離感にゾクゾクする。
そのままグイッと顔を近づけると、一瞬だけ唇が触れ合った。柔らかい。いい匂い。


「も〜!まだ話してる!」
「あんまり可愛いこというからよ」
「また苦しくなる…」
「責任取ります」
「どうやってよ…」

少し思考を巡らせてから「死ぬまで、ちゃんのそばにいる」と提案すると、彼女は半目になった。


「え、重…」
「ええ…ドン引きじゃない…」
「でもそんなところもすごく好き…」
「〜〜っもう、なんなのよ」


気恥ずかしくなって、顔がまた熱くなるのを感じた。
もう一度、唇を重ねる。
今度は少し深く。
濡れた唇を少し動かすと、ちゅっと水音が鳴る。

薄く開いた場所から吐息が漏れる。
舌を絡ませようと侵入すると、彼女も俺の唇に割り入ってきた。
ぬるりとした柔らかい感触と温度を与え合って、求めあって、くらくらする。
互いに目を瞑り、その快感を楽しむことに集中する。
離れたくない。離したくない。愛している。
俺と彼女の気持ちが混ざり合って、一つになるようで心地がいい。

彼女の肩を両手で固定する。
きゅっと、俺の羽織を彼女の手が掴む。
体はまだ触れ合わない。
いつまででも、君と交わり合っていたい。
何度もくちゅ、ちゅ、とエロい音が耳に届く。

あ、やばい、勃ってきた。


「っは、きもち、いい…」
「…」

閉じきらない口元から舌を少しだけ覗かせながら唇を離して、素直に感想を述べる ちゃん。
その姿をみて、背中にぞくりと快感を覚えた。
高揚する表情が、潤んだ瞳と唇が、息をするたび少し揺れる肩が、俺の心臓魔導器をぎゅうと掴んだ。
ああ、彼女もこんな風に胸が苦しいのだろうか。


「レイヴンに幸せになってほしい」
「もうこれ以上は無理よ〜」
「だめ、もっと幸せになって」
「じゃあとりあえず、もっと触っていい?」


君がそばにいるなら、これからの俺にはもっと幸せが募っていくんだろう。
こんな、もったいないようなことが、あっていいのだろうか。贅沢すぎやしないだろうか。
彼女の腰を片手でグイと引き寄せ、体を密着させる。
あったかい。


「なんか固いモノが当たってるけど…」
「ね、気持ちよくなろ?」
「その言い方、卑猥可愛い…」


満更でもなさそうに君が微笑むから、俺はまた調子に乗ってしまう。


その胸の苦しさは、当分なくなりそうにもないから、それを抱えて、一緒に生きていきましょ。

そう告げると彼女は、俺の動きに身を任せて少し力を抜いた。





胸苦






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