可愛い人






ちゃーん、頭撫でて」


レイヴンがそう言いながら私の部屋に来たのは、5分前の事。

彼が突拍子もないことを言うのはいつもの事だし、この恋人のお願いを断る理由もないので「いいよ」と言って、ベットに座った。
嬉しそうに私の膝に寝転がったレイヴンに、「可愛い」という文字が私の頭の中にぽんっと生まれた。

そんなこともつゆ知らず。
彼は気持ちよさそうに頭を往復する私の手を受け入れている。





「急にどうしたの?いつものことだけど」

「んー、別に。なんでもないわよ」



首を傾げて問うと、ごろごろと猫のようにしているレイヴンが笑う。

あー、もうなんて緩みきった表情なんだ。
こんな三十路をとっくに過ぎたおっさんを可愛いなんて思うのは可笑しいかもしれないけれど。
でも、おかしくても何でも可愛いものは可愛い。
好きなものは好きなのだ。

もっとこの人の緩んだ表情を見てたいので、手を止めることはない。



「なんかね、ちゃんにこうされるのって、気持ちいいの」



へにゃっと笑うレイヴンが愛しくなって、理由なんてどうでも良くなってしまった。

なんて可愛いセリフを吐くんだ。
きっとこの立場と思考は、彼と私の歳を考えても性別を考えても逆なんだろうけれど、この甘えたと私の惚れ気にはそんなこと微塵も通用しない。

ただなんとなく私ばっかり好きだなと思っているのを気付かれるのも、些かいかがなものかと思う。
彼が心の中でどう思っているのかは知らないが、そういうものなのだ。うん。
自分の中でだけ納得し、そっけない返事を試みる。




「そ」

「あとで、ちゃんにもやってあげる」

「・・・うん」

「・・・嬉しくない?」



嬉しいよ。嬉しいに決まってるでしょう。

ただなんとなく、振り回されてるなぁ。とか慣れてるなこのおっさん。とか思わないでもない。
でも、本当に嬉しいし、好きな人に頭を撫でられるって言うのはやっぱり気持ちのいいもので素直に頷いてしまった。
でもでも、やっぱりやられっぱなしと言うか、このおっさんに振り回されっぱなしと言うのは癪なものでして、なんとか私も仕返しをしてやりたいと思うわけでして。



「…ううん、嬉しい。でもねレイヴン」

「ん?」




―私はあなたに触れられたらなんでもいいんだよ。


上体を倒し耳元で囁くと彼はきょとんとして、顔を赤くして、へらっと笑った。(ああ、その顔も可愛い負けた)






年上でも、おっさんでも、だらしがなくても、可愛いと思うんだから―もうしょうがない。









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