「ただいまぁ〜」

「うわ、お酒臭い!」




深夜。

眠れなくて宿屋のロビーで本を読みながらくつろいでいたら、それはもうべろんべろんに出来上がってしまったレイヴンが帰ってきた。
足元はフラフラして、きちんと立てずに今開けたばかりのドアにもたれ掛かっている。


「んあ?青年達は〜?」

「もう皆寝ちゃいましたー。今何時だと思ってんの」

「およ、じゃあちゃんは俺様のこと待っててくれたわけ?おっさん嬉しい〜」

「別に。部屋で本読んだら明るくてエステル達起きちゃうから、ここで読んでたただけ」



待ってなんかないもん。

別に恋人でもないんだし。
レイヴンのこと嫌いじゃないけど、適当に見えても皆のこと一番心配してたり、たまに見せる大人な顔が少し好きとかそうだけど、別に待ってなんかない。
なんとなく眠れないのは今日あんまり喋ってないと思って帰ってくるまでの口実まで考えてロビーでこんなおっさんを待っていたなんて、口が避けても言ってやらないんだ。
今日だって綺麗なお姉さんのいるお店で馬鹿みたいにへらへらしてお酒飲んでたに違いない。
音声付で想像がつくような考えが頭に浮かんで、心臓がずくり、と音を立てて痛くなったので頭を左右に振った。

気にしない。気にしてない。
今はとりあえずこの酔っ払いを部屋まで送り届けよう。
そうだって、この人はお父さんみたいな存在で、私が面倒見てあげなくっちゃどうしようもなくって、それで、えっと、…ああもういいや、なんで自分の頭の中で誰にでもない言い訳をぐるぐると考えているんだ。


「えー、おっさん悲しいー」なんていって子供みたいに拗ねるおっさんをずるずる引きずって、どうにか部屋の前まで連れて行った。
肩を貸すようにレイヴンを運ぶと耳元に息がかかっちゃったりしちゃって、心臓が痛いほど反応した。
顔が赤いのとかばれてないかなと内心びくりとするも、もうすでにお酒のせいで顔が真っ赤なレイヴンはばれるとか言う以前の問題だったので、ほっとした。




「ほーら、着いたよ。起きて、レイヴン」

「んー、」

「レイヴーン」

「いてて、痛いってば」


ぐにっと頬をつねると、無理やり目を開けて私の手をつかんで止めさせられた。
そんなことでも、少し緊張してひゅっと息を吸い込んでしまう私はもうどうしようもない。

頬を掴むのだって、すっごくすごく勇気のいる事なのにご褒美ですかそうですか。っていやいやそうじゃなくてね。ああもうこのおっさんは!



「・・・部屋着いたよ。皆寝てるから静かに入ってね」

「ん、ちゃん」

「何?」

「一緒に寝る?」

「っ・・・ば、ね、寝ないよ!エロじじい!」

「じ・・・!?じじいはひどくない!?」



声が大きかったので廊下に響いて、慌ててしーっと口に手を当てて静かにとサインを送る。

正直、あんまり静かにされると心臓の音が廊下に響くんでないかと思うほどこのおっさんの発言は私の心臓を攻撃した。咳き込むかと思った。
いつもの冗談、いつもの冗談。と何回も心の中で訴えるのだが、頭と心臓の神経は完全にブロークンしているらしい。
思わず暴言を吐いてしまったではないか。



「・・・先に大声出したのはちゃんなのに」

「うるさいな、変なこというからでしょ」

「ちぇっ」

「そんな子供っぽくしても可愛くないよ」


ホントは可愛すぎてしょうがないけど。なんて言える筈も言いたくもなくて、ぷいっとそっぽをむく。
レイヴンは黙ってそれを見てるのでなんだか恥ずかしくなって部屋へ入るよう背中を押した。


「・・・・」

「ほら、ぼーっとしてないで早く寝なさい。明日は早めに出発するんだから」

「んー」

「おやすみレイヴン」

「おやす・・・あ、ちゃん」

「ん?何・・・」










ちゅ、








「おやすみのチュー」


「・・・・・」



へらへらと笑って、レイヴンが手を振りながら部屋の中へ入っていく。
私はただ、唖然としてその後姿を見送る事しか出来なかった。


「な・・・に・・・・」


なになになんなんですか。今何が起こった。
レイヴンは私より背は高いはずで、でもさっきは私の顔の横にレイヴンの顔があって、あ、そうか屈んだのか。そうか。
いやでも、なんか「ちゅ」って音が聞こえて。あ、そうか、ちゅーか。
右のほっぺたになんかあったかいのが触れたからそうなんだ。って、え?は?ちゅーってあのちゅーですか。
普通恋人同士しかしないあの、って恋人とか恥ずかしい言葉考えるな。
そうだ、無心無心。きっとあれ酔ってたからだから、そうなんだ。え?なにが?どうなんだ?


状況を把握できていない私は、とりあえずぐるぐる回る頭と熱くなった右頬をどうにも出来ずに、一晩は眠れない事になった。






「おはようさん、。ん?どした?」

「いや、べ、別に」

「おっはよー」

「れ、レイヴ・・・!」

「およよ?ちゃんどしたのその隈?風邪?」

「・・・・・・・・死ね!」

「え、そんなリタっちみたいな言葉、って、いたいいたい!!!」

「何かあったんでしょうか?」

「さぁ?」











鈍感なあなたに攻撃開始



(ホントは酔ってなかったとか言ったら、この意地っ張りさんは怒るんだろうか)









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