「はじめまして、本日から科学班助手兼雑用のです」


ぺこりと頭を下げると、科学班一班の人たちが暖かく迎え入れてくれた。

今日から、科学班勤務です。
リーバー班長に自己紹介しているときはなかなか緊張したけれど、皆気さくな人みたいでよかった。
今はそんなに緊張しないし、職場の雰囲気からスーツじゃなくてもよかったかもしれないと思う。

ジョニーさんたちとの自己紹介を終えると、次は二班三班の人に挨拶に向かった。



「・・・まぁ、雑用くらいは頼めるでしょう」

「これで少しは綺麗になればいいんですがね」

「よろしくお願いします」


どうやら二人の班長さんも私のことを子どもだと思っているらしい。
慌てて20歳越えてます。と訂正すると目を丸くされた。っていうか皆の背が高すぎます。
コムイ室長とかあれ2メートルはあるんじゃないかな。目測だけど。


うーん、この調子だと全員訂正しないと勘違いされたままな気がする。
正直、面倒くさいし・・・まぁ、いっか。うん。

誤解は徐々に解いていくことにしました。




一通り挨拶が終わってから、班長の元へ報告へ行く。



「リーバー班長、挨拶一応終わりました。仮眠と食事とってる人もいるみたいですけど・・・」

「そうか。ま、徐々にでいいぜ。えーっと、やることとか室長から聞いてるか?」

「はい。片づけと介抱と飲み物ですよね。あとは言われたことをやっていきます」


私の言葉に班長さんは満足げに頷いて、仕事場に戻った。
さっきまで私を歓迎してくれていた人たちも、それぞれの持ち場に戻ったようだ。


ざわざわとしている科学班を横目に、初めてのお仕事をすることにした。


コーヒーをドリップしている間に、改めてあたりの様子を伺う。

父に聞いていたよりも、人が多くて広い。
リーバー班長に以前引っ越しをしたと聞いたので、そのときに人も増えたのだろうか。
それにしても、こんなに人数がいるのに、女性が数人しかいないのは仕事上仕方ないのだろう。
でも女の子の知り合い欲しいなぁ。



三班中でひときわ目立つのがやはり一班だ。
まず、汚い。そして目が据わっている人数の多さ。

床には机からこぼれ落ちた書類が散乱しているし、埃もたまっている。
白衣にはコーヒーのシミや汚れがついていて、まぁ、綺麗とはいいがたい状態である。
あ、書類で滑ってこけた。

頭に冷えピタを貼ったり、大量の書類に埋もれて机に突っ伏している人もいる。向こうでは書類の山が崩れて大惨事だ。
その光景に、うわぁ・・・と思わず声を上げてしまったが、誰にも聞こえなかったみたい。

一番忙しいのか、仕事が遅いのか、頑張り屋さんなのかはまだわからないが、修羅場である。


もしかして毎日こうなのか・・・?




ぽたぽたと落ちていくコーヒーの水滴が終わりになったので、カップに入れてお盆に乗せてコーヒーを運んでいった。


「コーヒーいかがですか?」


「お、ありがとう」

「やっぱ女の子が入れてくれるとうまい・・・」

「うん。リナリーちゃんとは、また違ったよさが・・・」

「おーい、こっちにも頼むー」


リナリーちゃん?と思ったが、人数が人数なのでそんな暇もない。配っている間に、追加のコーヒーもドリップする。
コーヒーを渡すたびに言ってくれるお礼に嬉しくなって、わたわたと動き回った。

ああ、こんなに動くんならスーツはやめとけばよかった。
コムイ室長に頼んだら白衣くれるかなぁ・・・

一班の人にもコーヒーを配っていると、リーバー班長の姿が目に入った。
がりがりがりがりとスゴい音を立ててペンを動かしながら、他の班員の人に指示を出している。
頭にはさっきは貼っていなかった冷えピタ。
初対面の時も思ったが、相当目が据わっている。何徹目だ。

がり、とペンが止まった頃合いを見計らって近づき「コーヒーいかがですか?」と近づいた。
ちらりと先ほどまでリーバー班長ががりがりしていた本をのぞくけれど、英語と数字と記号でいっぱいで何が書いているのか全くわからなかった。
・・・うーん、暗号?


「おお、サンキュな」

「お疲れさまです」

こそ、人数多いから大変だろ」


にっと笑ってコーヒーを受け取る班長さん。

・・・不覚にもきゅんとしてしまった。
どっからどうみても自分のほうが忙しいのに、笑顔で私を気遣ってくれる姿に驚いた。



コーヒーを全員に渡しきって、豆を片づけていると、もう一度リーバーさんの姿が目に入る。

仕事が出来て、部下思い。

これが私のリーバーさんの第一印象である。



「・・・よし!」

ぺしっとほっぺたを叩いて、立ち上がる。





とりあえず、次は何をしようかと辺りを見回してみた。
コムイ室長が言ってた「倒れている人」は今はいないし(っていうかそんなにしょっちゅういるんだろうか)
コーヒーも配っちゃったし、うーん・・・掃除、とか?

埃がたまっている一班を見て、そうしよう。と立ち上がる。
掃除していいか確認をとるために、リーバー班長・・・は、またがりがりしているので、ジョニーさんに声をかけた。


「あの、ジョニーさん」

「あ!、いいところに・・・!」


リーバー班長ほどではないが、目の隈がすごい。
持っていた書類からばっと目を離し、ききとして私をみたジョニーさんに心持ち後ずさった。


、今暇?」

「は、はい、暇と言えば暇です」

「あのさ、書類の山倒しちゃって・・・」


苦笑いするジョニーさんの足元を見ると、机から落ちたのであろう書類がバラバラになっていた。


「これから室長に判子もらいにいかなきゃいけなくって・・・よかったら、机の上に置いといてくれると助かるんだけど・・・」

ほんとに申し訳ないけど!と顔の前で両手を合わせて懇願するジョニーさんに、笑顔で了承した。


「あ、ABC順に並べときますか?」

「本当!?それすっごい助かる!!」


締め切りまであと30分の書類を持って走っていくジョニーさんを見送って、スーツを脱ぎ、腕まくりをした。

よし、始めますか。













「ただいまー。何とか間に合ったよ。、ありがー」


ぱんっと雑巾を広げた私を見たジョニーさんが、喋っている途中で固まった。


「おかえりなさい、ジョニーさん。ご苦労様です」

「う、うん。、これ30分でやったの?」

「はい。書類こっちの箱にいれてます。一応ABC順に並べてフセンつけときました。
 あと、ホッチキス外れかかってたり、同じ内容の書類は透明のファイルにまとめたんですけど・・・間違えてたらてたらごめんなさい。
・・・・・・あの、ジョニーさん?」

私の話を聞いているのかいないのか。ぼーっと机を見ているジョニーさんの目の前で手を振ってみる。
するとはっとしたように私を見て「あ、ああ、うん」と頷いた。


「あの、もう一回言います?」

「いや、聞いてた聞いてた!っていうか、・・・すごい」

「え、そ、そうですか?」

「すごいよ!すっごく助かった!」


よく仕事詰めの父の部屋を掃除していたからだろうか。
書類の整理や片づけはあーしろこーしろと教えられた甲斐があった。

それに彼が帰ってくる前までにと急いで片づけをしたのだ。間に合ってよかった。


彼の両手に包まれてぶんぶんと振られる手は少し痛いけれど、やっぱり嬉しい。


「おお!?ジョニーの机がやったのか!」

「水拭きまでしてんぞ・・・」

「お前の机の面見えたの久しぶりだなぁ。いっつも書類で埋もれてたから」

私たちの様子が気になったのか一班の人たちがわらわらと集まってきた。
すごいな 。と誉められ、ついでに頭をなでられる(子ども扱いされている気がしないでもないが)
嬉しくて、はにかんでいると「俺もやってくれー、」「あ、俺も!」と何人かの手が上がる。


「はい!どんどん言ってくださいっ」

「おーい、あんまに頼ってんなよー」

「わ、リーバー班長」


役に立てるのが嬉しくってどの机を掃除するか確認していたら、ぱこん、とファイルでジョニーさんの頭が叩かれた。


は今日来たばっかだし、他にも仕事あんだから、自分のことは自分でしろよ」

「大丈夫ですよ、リーバー班長」

「でもなぁ・・・全員分やってらんねーだろ?」

「一日では無理ですけど・・・順番にやれば平気です。
 それに、皆さんがお仕事しやすくするための助手ですから。これも私のお仕事です」


ふん、と胸を張って「お仕事」という言葉を強調すると、リーバー班長は苦笑いしてそうかと言ってくれた。
はい!と返事をしてから、バケツに水を汲みにいく。

さぁ、引き受けたからには頑張って綺麗にするぞ!







「ふぅ・・・」


ちょうど5つ目の机整理が終わった頃、そろそろお腹が空いてきた。

ご飯行こうかなぁ。
それとも、もう一つ片づけてから行こうか・・・



、お疲れさん」

「あ、リーバー班長。お疲れさまです」

「俺今から食堂行くけど、お前も行くか?場所まだ覚えてないだろ」

「あ、はい!」


地図を見ながら行こうと思っていたが、連れていってくれるなら大歓迎だ。
お言葉に甘えて班長さんの後ろをついていく。




「さって、何頼む?蕎麦か?」

「・・・なんで蕎麦ですか?」

「あ、いや。日本人は蕎麦好きかなって思ってさ。エクソシクトの中にも蕎麦ばっか食ってる日本人がいるんだ」

「へぇ、日本の方もいるんですか。うーん・・・じゃあお蕎麦にします。聞いたら食べたくなっちゃいました」


ジェリーさんに軽く挨拶をしたあと蕎麦を頼んで作ってもらった。
少し時間帯も遅いので、食堂には人がちらほらとしかいない。
端っこの方に班長と並んで座った。私はお蕎麦、班長はカレーライスだ。


「で、どうだ?一日目の感想は」

「うーん・・・まだ何とも言えませんけど、皆話しやすい人ばっかりでよかったです。お蕎麦もおいしいですし」

「そっか。そりゃよかった」


外国でこんなに美味しい蕎麦が食べれるとは嬉しい誤算だ。


「皆さん目の下に隈ができてますけど、いつもあんな感じですか?」

「あー、ま、大体な。最近は人も増えてマシになった方なんだけどなぁ。仮眠も増えたし」

「あれでマシですか」

「あれでマシなんです」


これはもしかして大変な職場に来てしまったんではないだろうか。
私も皆の仕事が楽になるようにはしたいんだけれど、できることが限られる。今から勉強しても私の頭じゃなぁ。


「っていうか、リーバー班長。忙しいのにわざわざ私を連れてきてくれたんですか?」

「ん?まぁそれもあるが・・・食堂で飯食わないとジェリーと婦長がうるさいんだ。
 ・・・、別にんな気ぃ使わなくてもいいんだぞ」

「気使ってるのは班長です。私新米なんですし、こき使ってくれても構いませんよ」

「今日来たばっかだし、仕事考えてなかっただけだよ。それに、女の子だろ」

「・・・・女ですけど」

「男女差別する気はないけど、無理はすんなよ」


さらりとそんなことを言う班長に、どう返事したらいいかわからなくなる。
下を向いてばくばくとカレーライスを口に入れるリーバー班長をじっと見た。
女の子の扱いに慣れているのか、はたまたただの部下思いなのか・・・そして思ったよりいい食べっぷりだ。


「・・・リーバー班長も無理しないでくださいね。目の下の隈、一番ひどいんですから」

「・・・よく見てんな」

「隈の濃さくらい、よく見なくてもわかりますよ」


何でもいいですから、できることあったら言ってください。
そう言うと彼はわかったわかった。ありがとな。と私の頭をぽんぽん撫でた。
つむじのあたりから背中にかけて心地の良い感覚が走る。

なんだか、安心した。






「・・・子ども扱いしてません?」

「あ、すまん。つい」

「うー・・・」

「おいおい、拗ねるなって」


一番頑張ってるあなたに、私も最前を尽くしたいと思うのは、きっと当たり前でしょう。





  

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