「なぁ、。これなんだ?」
「へ?寝床ですけど・・・?」
科学班に勤務してから一週間。
ここの生活にも少し慣れてきた頃です。
「寝床って、お前ここで寝るつもりか?」
「はい」
「「はい」じゃねーだろ。女の子がこんなとこで寝るな!」
あまり使われていないソファに毛布と枕を運んで、必要最低限のものを入れた袋をその近くに置く。
私の行動にため息を吐くリーバー班長は「部屋があるだろ部屋が」と私を咎めた。
「・・・だって自室すっごく遠いし、お風呂もこっちのほうが近いんですもん」
「いやだからって・・・」
「いちいち戻るより早く寝れるし、すぐにコーヒーもいれれます!何を損しますか!」
「疲れがとれないだろ」
「班長だって、ここ3日部屋に戻ってませんけど」
「・・・・・」
「ね?」
「・・・・・はぁ」
そんなこんなで、今日も私は元気です。
「ー、こーひいいぃぃ」
「はい!」
「誰かあの資料どこ行ったか知らねーっ?」
「ここにありますー!」
「うう、腹減った・・・」
「ジェリーさんにサンドイッチ作ってもらうんで、それまでクッキーで我慢してください」
「・・・駄目だ・・・死ぬ・・・」
「あ!大丈夫ですか?医療室行きましょう」
「ー!」
「はーいっ」
右へ走り左へ走り。
騒がしい毎日を過ごしています。
科学班がこんな運動量多いとは思わなかった・・・!
まぁほとんどの人はデスクワークなので、「科学班が」は間違いかもしれない。
しかし大量の書類を運んだり、脱走したコムイ室長を追いかけ回したりとなかなかアウトドアな人たちが多いことも事実だ。
その中の一人、リーバー班長は今日も今日とてがりがりと数式を生み出している。
メガネ姿もかっこいい。
まぁ、正直言いまして。
言っちゃいまして。
落ちちゃったみたいです。恋に。
その姿を目が追うようになったのは、2、3日前から。
いや、もしかしたら初めからそうだったのかもしれないが、この気持ちに気づいたのはとにかくその頃だ。
自分がこんな単純で惚れやすいとは思いもしなかった。
一目惚れなどはあまり信じていないが、恋は盲目とはあながち間違いではないらしい。
日に日に増すこの思いは自分でも止められそうにないのだ。
くたびれた白衣も、隈も、整っていない髭も、さりげなく女の子扱いしてくれるところも
かっこいいと思ってしまうし、大好きだし、どきどきする。
ここで寝泊まりすることにしたのも、もっと班長の役に立ちたくて、少しでも長く班長の側にいたからだと知ったら、班長はどういう反応をするのだろうか。
そんなことは怖くて到底できないんだけど。
それより、今のこの状況の喜びを噛みしめようじゃないか。
好きな人と一緒に仕事ができるなんて最高の幸せだと思うんだ。
「はい、班長」
「おお、・・・ってこれ」
「レモンソーダです。ジョニーさんから聞いて」
「そっか、さんきゅな」
ジョニーさんに班長の好み聞いといてよかった・・・!
優しく笑う班長に、思わず私も頬が緩む。
その笑顔だけで今日も一日頑張ろうって思えるんだ。
恋ってすごい。
「皆さーん。白衣洗いますから、この籠に入れてくださーい」
大きい籠を3つ用意して各班ごとに白衣を集める。
ここに来てからの仕事は主に給仕・掃除・書類整理・洗濯(主に白衣)・介抱などに収まった。
ほとんど家政婦みたいな仕事だが、今までなかった役職なのか皆は助かる助かると言ってくれる。
気難しそうだった3班の班長さんも「綺麗好きな女性は嫌いではないです」と誉めてくれたし。たぶん。
「ふう・・・洗濯終わったし、今日の書類は配ったし・・・あ、飲み物!」
今日の昼にいれてからもう何時間かたっている。
一日に3、4回の飲み物配りは日課となっていた。
他にも頼まれたときにも入れるけど。
コーヒーの香りがふんわりと漂って、思わず気分が良くなる。
いい香りだなぁ。
「あっと、レモンソーダレモンソーダ」
入れている間に、食堂へレモンソーダと紅茶を取りに行く。
紅茶はコーヒーが飲めない人用だ。
本当は一人一人に何が飲みたいか聞いて回れたらいいんだけど、人数が人数だけにそんな余裕はない。・・・班長は特別です。
「コーヒーいる人ー」
誰ともなく呼びかけるとひょいひょいと書類の山から手がのぞく。
手が見えるほうへ順番にコーヒーを届けると、今度は紅茶いる人ーと問いかける。
どっちもカフェイン入ってるみたいだし、なかなか人気だ。
今度ミルクとかもつけてみようかなぁ。
夜遅いこともあって人は少なく、すぐに配り終わった。
最後にリーバー班長の机へと向かう。
「はんちょ、どうぞ」
「ん、さんきゅ」
机の上にレモンソーダを置くと、リーバー班長は顔を上げてにこりと笑った。
その笑顔にきゅんとしながらも、お疲れさまですとねぎらいの言葉をかける。
うん、班長は今日も素敵です。
私の渡したレモンソーダに口をつけ、ふうと息を吐く。
「冷えピタ替えます?」
「んー、頼む」
用意しておいた冷えピタを手渡すとリーバー班長はそれをおでこに張り替えて、あーつめてーっと声を上げた。
「ふふ、班長おっさんみたいですよ」
「おーい、俺はまだ26だー」
「そうですね」
隈と髭と苦労でそれよりも老けて見えるが、心の中だけで思うことにした。
ふと、空のカップが目に入ったのでそれをお盆に乗っけて下げようとする。
「・・・お前ってさぁ」
「はい?」
班長が背もたれにもたれながら私を見上げる。
その角度反則です班長。上目遣いです。
「気ぃ使うよなぁ」
「そ、そうですか?」
「あ、いや、悪い意味じゃなくってさ。さりげなくと言うか、皆が気づかないところで色々するっていうか」
眠いのか普段よりゆったりとした口調で話す班長は机に頬杖をついた。
「・・・別に、普通だと思いますけど」
「日本人だからかなぁ。書類の区切りがつくまで声かけるの待ったり、冷えピタとか飲み物とかよく聞いてくれるし、
使い終わった本そのままにして寝てたら書庫に片づけに行ったりしてんだろ」
「・・・」
「すげー助かるよ。ありがとな。・・・日本人つーか、だからだな、やっぱ」
・・・・どうしよう。
すっごい、嬉しい。
誉めてくれたこともそうだけど、そういうことに気づいてくれたのがすっごく嬉しい。
動揺を隠すため冷静を取り繕っているけれど、心の中は大歓喜だ。
顔ニヤけてないかな。大丈夫かな。
「・・・眠いんですか?」
「んー、ちょっとな。これ終わったら仮眠でもとるわ」
そういって書類に再び目を通し始めた班長から離れて、急いでソファにダイブした。
「・・・・・・・・・やばい」
叫び出した衝動を押さえるために、ぎゅうっと枕に力を入れる。
多分しばらくはこのニヤけは収まらないんだろう。
叫びはしないものの喉の奥からふふふふと笑いがこみ上げてくる。
やばい。やばい。うれしい。
班長、気づいてますか?
私が冷えピタをよく聞くのも、
レモンソーダを特別に持っていくのも、
それをわざわざ最後に持っていくのも。
全部全部、班長に少しでも好かれたいからです。
もっともっと話をしたいからです。
笑顔が、見たいからなんです。
班長、気づいていませんか?