「ふぅ、おしまいっと」

夜の11時。
書類の整理を終えて室長室へ判子をもらうために届けに行く。これが終わったらきっと睡眠がとれるはずだ。
少し重いけれど、まぁこれくらいなら持っていけるだろう。


「よいしょ」

廊下を歩いていくうちに手が痛くなってくるので、少し角度を変えて抱え直した。


「あー、眠いよー。寝不足はお肌の天敵だよー」



人の少ない廊下に私の声が響く。

科学班にいてお肌がどうの言ってられないのだが、やっぱり少し気になる。女の子ですから。

部屋に戻らずに科学班にソファを置いて寝ていると、コムイ室長が気を利かせて私のスペースを作ってくれた。
ツイタテがあるので着替えもできるし、何よりも光を遮ってくれるので随分と寝やすくなったものだ。
リーバー班長には「女の子がそんなところで寝るな!」と怒られたけれど。

・・・女の子扱いしてくれて少し嬉しかったのは秘密だ。




「あ、

「ん?」

後ろから声が聞こえて顔だけ振り返ると二班のディグリオ・バッレさんが立っていた。
彼も書類を持っているので、私と同じ目的だろうか。


「こんばんは」

「ああ、お前も判子か?」

「はい。室長いるといいんですけど」

「はは、そうだなぁ」


彼は私の隣まで来て、少し談笑する。
それから少し歩きだしたところで、彼は私の手元を見て片手を差し出した。


「ほら、重いだろ。持つよ」

「大丈夫ですよ?」

「いいから。手ぇ少し震えてんぞ」

「バレましたか。じゃあ、半分お願いできます」

「全部だ全部」

「え、あ」


いいながら、ディグリオさんが私の書類を軽々と奪った。
さすが男の人。


「す、すいません」

「謝んなって」

「・・・じゃあ、ありがとうございます」

「どーいたしまして」

にっと笑う彼は、いわゆる好青年という奴だろう。
どこの出身かは忘れたが、確か歳は私の1つか2つ上だった気がする。

室長室まで書類を届け、無事判子をもらって科学班へ戻る。
その道中も彼と二人で少し薄暗い廊下を歩いていく。


「さっきはありがとうございました。実は結構重くって」

「いや、むしろラッキーっつーか・・・」

「らっきー?」

「あ・・・えっと、」

意味が分からなくて首を傾げるが、彼はしまった。という顔をした後、ほっぺたを人差し指で少し掻いた。
そして、罰の悪そうな顔をして私から顔を反らす。


「あの、さ」

「はい?」

「あー・・・」

顔を逸らしたままディグリオさんは口を手で覆い、もう片方は腰に当てて何かを考え込んだ。

何だ何だと見守っていると、彼はぱっと顔をこっちに向けがっと私の両肩をつかんだ。
その目は私を睨んでいて、少し・・・いや、結構怖い。


「なな、なんですか?」

「あ、いや、こ、怖がらせるつもりはなくって!」


私の表情にはっとして、手の力を緩める。
それでも彼の目は私の目を捕らえていて、顔が近い。



「あ、あの」


「ちょいまち。・・・今心の準備中、だから」


心の準備って、私の心も動揺しまくってるんですが。顔が近いんですが。
彼はふうーっと大きく息を吐いて私をもう一度みた。
今度は睨むのではなくて、しっかりと私を見据える。



「あの、さ。俺、・・・」


一拍置いて、ディグリオさんが再び口を開いた。




「俺、が、好きだ」


「・・・・へ」


が、好きだ」



私の肩を持つディグリオさんの手がかすかに震えている。
彼の顔が近くて、そして、赤いのがわかった。


突然のことに全く声が出ない。
頭が着いていかない。

きっと私は今すっごい変な顔をしているだろう。


やっとのことで出た声は、言葉にならない声だった。



「あ、の・・・」


何か言いたいのに、なんて言っていいのかわからない。

「す、「好き」って・・・」


「好き」って、ディグリオさんが私を「好き」って。
それは、つまりそういうことで。


「うん。だから、よかったら・・・俺と、つき合ってほしいんだけど・・・」


ど、どどどうしよう。
心臓がうるさいくらいにどっくんどっくん鳴ってる。


言い終えると、彼ははーっとため息をはきながら、そのままその場にしゃがみ込んだ。
緊張したぁ・・・と、顔を覆いながら呟くディグリオさんに、私はわたわたと行き場のない手をさまよわせる。



「あ、あああああの」

「頼む、見ないでくれ・・・恥ずかしいから」


格好悪いな、俺。と下から私を見上げる耳まで真っ赤なディグリオさんに、また脈が速くなった。
私も今ぜったい顔赤い。心臓うるさい。


「返事は、また今度でいいから。・・・どっちにしてもこれ以上は俺爆発しそう」


苦笑いするディグリオさんにこくこくと頷いて、そのまま何も話さずに科学班へ帰った。









「どうしよう・・・・」


寝床で毛布にくるまりながら、私は呟いた。
寝れない。寝れる気がしない。


あれから2日たったが、ディグリオさんは案外普通に私に話しかけてくれる。
というか、仕事上話さないとか駄目なんだけど。

私はと言うときっと不振なくらい動揺している、と自覚はしている。
しかし、どうにも彼を前にすると顔が熱くなってうまく話ができない。


だって「好き」っていうのは、ディグリオさんは私に恋してるってことで。
それで、私とつき合いたいってことで。

一体なにがどうなって私を好きになったんだろうか。
全然そんなこと気づかなかった。


でも、私だって女の子だ。
恋もしたいし。恋人も欲しい。
告白は嬉しいし、好きだって言ってくれるのはすっごく嬉しかった。


どうしようもこうしようも、早めに断ればいいんだけど。
ずるずる返事を引き延ばすのはよくないってわかってる。

私はリーバーさんのことが好きなはずなのに、私はここ二日ずっとディグリオさんのことを考えているんだ。

ご飯も胸一杯というかなんかあんまり入らないし、仕事もうまく進まない。

早くどうにかしなくちゃと思っても、ディグリオさんが視界に入るだけでも、心拍数が上がる。



「わぁっ!」

がちゃん、という音とともにカップが倒れた。
お盆の上にコーヒーがこぼれて広がっていく。
またやってしまった・・・ため息をつきながら、お盆を机に置いて布巾で拭く。


「なんだ、。最近調子悪いな」

「!は、はんちょう」

「なんだ?体調でも悪いのか?」

「だ、だだ大丈夫でっす!」

「いや大丈夫じゃないだろ」


苦笑いをするリーバー班長に、大丈夫大丈夫と首を振るが誰がどうみたって大丈夫じゃないことはわかるはずだ。
でもしょうがないんだもん。どうにもできないんだもん。

どうか班長が何にも触れず、気づきませんように!
そして早く離れたい!

何とかコーヒーを拭き終え、そそくさとその場を離れようとするが班長に名前を呼ばれて、はい!と立ち止まった。


「まぁ、なんだ。無理には聞かんが、なんかあったら言えよ」



笑って私の頭を撫でる彼の手はすっごく暖かかった。


「班長・・・」




胸が痛い。心臓が痛い。

やっぱり私は班長のことが好きなんだ。
頼れるし、頭もいいし、優しいし、部下思いだし。
理由を挙げだしたら切りがないけれど、私はリーバー班長が好きだ。

でも今のこの状況はディグリオさんに、リーバー班長に、そして私自身にもとても悪い気がした。



班長から離れて、一人になる。
いっぱい息を吸って、ゆっくりと吐いた。


ディグリオさんの顔が頭に浮かぶ。
真っ赤になって、真剣な目で、私に告白をしてくれた。
返事は後でいいよって気を使ってくれた。

普通に挨拶したり話したり、きっとすっごく緊張すると思う。
でも私が変な気を使わないように、そうしてくれたんだ。


私なんか告白もできない臆病者なのに。
科学式も解けないし皆のサポートしかできないのに。

それでも、好きになってくれたんだ。



嬉しい。すっごく嬉しい。



断るなんてずうずうしいこと、してもいいのか。

きっと悲しい顔をするんだろう。
私だって班長にそんなことされたら、泣いて泣いて落ち込んでしまうと思う。



でも、ちゃんと返事を返さなきゃ。

そんな理由で付き合っちゃいけない。


真剣に気持ちを伝えてくれたんだから、私も真剣に気持ちを伝えなきゃいけないんだ。きっと。

うまく言えるかわからないけど、私の気持ちを全部伝えよう。
覚悟するんだ。


それでも胸が痛いのは、私も恋をしているからだろうか。




  

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